関ヶ原ウォーランドで遊びすぎ、島津陣跡に到着した時にはだんだん薄暗くなってきてしまいました。
下の「開戦地」からさほど離れていない場所に陣取っていたにも関わらず、戦に積極的に参加することはなかった。

東軍に囲まれた島津勢は、東軍の正面を突っきって九州まで逃げ帰ります。「殿軍(しんがり)」を置いて。

本来ならばスタートの場所「開戦地」。午前8時、福島正則が先陣を切るはずが、井伊直政らに抜け駆けされてしまいます。
井伊直政らが先に行こうとするのを福島隊にいた可児才蔵が止めるが、何やかんやと理由をつけ強引に前線に出て行ってしまいました。

福島正則 激怒。
 
小西行長陣跡。開戦と同時にこの山で烽火を上げたが、西軍の中でも
早々に宣戦を離脱してしまった…。
宇喜多秀家陣跡。豊臣五大老の一人にして西軍の副大将。おそらく西軍で三成と秀家だけが純粋に豊臣家のことを思い戦っていたのではないでしょうか。

この人、長生きします。
残念ながらこの日は日没で、レンタサイクルの貸出時間もギリギリだった為、
関ヶ原散策はここまで!!
松尾山や南宮山など行きたい場所は山ほどあるのでいつかリベンジ!!ってことで。
2日目の朝です。なんとこの日はクリスマスイブ。
教会やパーティーには行かず、大垣城です。

関ヶ原衝突前、西軍はこの城に拠点を置いていたのですが、突然家康に攻められアワを食ってしまいます。なんとか迎え撃たねば、と杭瀬川の戦いに流れていくわけです。
大垣城はそんなに大きい城ではありません。ですが確実に歴史の要所であることは間違いないでしょう。

左側に見える山が南宮山。その右側の少し窪んでいるところが関ヶ原。一番右端の山が伊吹山です。
岐阜に行ったらやはり金華山!岐阜城には行くべきでしょう。下から見たら
こんなに小さく見えるんですねって言っても、これでも少しカメラのズームをしてます。
肉眼だとさらに小さいです。
まず、うつけの信長公が出迎えてくれます。
ま、あるよね。観光地なら。ちなみに 紀之介とシロ子はこういうのを見つけると我先にと写真を撮ります。
ひとっ飛びに頂上です。長良川が遥か下に見えます。
山の下と上では風の吹き方が全然違います。かなり寒いです
かつて難攻不落の城と言われ稲葉山城の時代から何人もの武将たちが落そうと必死になりながら
落ちることのなかった城。そりゃこんなとこまで登れませんって。
線路は続くよどこまでも。名鉄明智駅下車で
明智長山城へ。
明智光秀出生の地とも言われていますが、明智城は恵那市明智町城山にもあり、どちらが本当の出生の地かはいまだ分っていません。光秀29才の時に明智城は落城。
落城の際の戦死した明智七戦士を祭ったと言われている「七ツ塚」。
日が暮れていく中、この繁みに入って行き山を下ります。ほんっとうに怖かった…。下山すると瀬田天龍寺があり、明智一族のお墓があります。
完全に日が沈みました。これから大坂に帰ります。電車少ないです…。しかも途中の乗り換え駅で降りるのを忘れてしまいさらに時間がかかったという…。